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エドガー編(オリキャラ視点)・リディア編の冒頭2ページを載せてあります^^*


 早く大人になりたいと、ずっと思っていた。  子どもだからと馬鹿にされることなく、制限されることなく、自分と妹を自身の手で守りたかった。
 親を火事で亡くしたのは、ランスが八歳の時だった。妹に至ってはやっと伝い歩きを始めたばかりの頃。
 当時の記憶は曖昧だ。ただ妹と身を寄せ合って、大人たちが両親の棺の前で醜く言い争う姿を呆然と眺めていたことだけ、ぼんやりと覚えている。
 居心地の悪くなった家から連れ出してくれたのは乳母だった。けれど、嫌な空気から逃れてほっとしたのも束の間、彼女は彼らを救貧院に連れて行くと、幼子の視線を避けるようにして、柔らかな栗色の巻き毛で顔を隠して去っていった。
 彼の腕の中で、幼い妹は泣いていた。ただ歯を食いしばり、泣くまいとする兄の代わりとばかりに、ずいぶん長いこと、泣いていた。
 もう五年も経つというのに、あの時の妹の泣き声だけは、未だにはっきりと覚えている。
「お兄ちゃん」
 小さな書庫の入口からひょいと顔を出した妹に、ランスは本のページを捲る手を止めた。
 少し赤みがかった、色素の薄い金の髪がふわふわと揺れるのを見て思わず口元が緩むが、彼女の手の先に繋がっているもう一人の人物を見て、口元を引き締めた。
「お客さまだよ」
 にこにこと笑う妹の横には、背の高い紳士がいる。彼は妹の頭を撫で、懐からいつものようにお菓子を取り出して彼女に渡す。
「ありがとう、助かったよ。ミルは本当にお兄さんを捜すのがうまいね」
「今日は風が強いから、お兄ちゃんお外には行かないの。お外にいない時は、ここに行けば会えるのよ」
「そうなんだね。僕はこれからお兄さんと話をするけど、ミルも一緒に来るかい?」
 勝手に話を進めるな、と、言いたいのは山々だったが、妹の手前ぐっと堪える。
 六歳になったミルは、たびたび訪れるこの紳士のことを『天使さま』と呼んで慕っている。ランスはその呼称が面白くなくてたまらないのだが、ミルが無邪気に笑顔を向ける数少ない相手だと思えば、口出しをするのは憚られた。
「お話は、邪魔しちゃだめって……天使さま、すぐに帰っちゃう?」
「ミルたちがお昼を食べ終わる頃まではいるよ」
「じゃあ、じゃあ、一緒に食べて。天使さま、約束よ」
「ミルの頼みは断れないな」
 約束ね、と念を押して、ミルはぱたぱたと駆けていった。今は勉強の時間のはずだから、シスターの元に戻ったのだろう。
 高椅子から降りないままふたりのやりとりを眺めていたランスは、紳士が彼に向き直った途端に眉間に力を入れた。
 整った顔に、穏やかな笑みが浮かんでいる。ただそれだけなのに、彼からはいつも計り知れないプレッシャーを感じるのだ。
「……なんの用ですか」
「本を戻して降りておいで。お土産をあげよう」
「妹にやってください」
「お菓子は彼女に渡しておいたよ。けれど、法律の本なんて渡されても、あの子は喜ばないだろ?」
 法律の本、という言葉に思わず反応してしまう。表に出した変化は僅かなものだったはずなのに、紳士はめざとく気づいて喉を鳴らした。
「降りてくる気になったかい?」
「……」
 すました顔が腹立たしい。
 けれど、意地を張り続けるには、紳士の持っている本はあまりにも魅力的だった。
 努めて無表情を装って、高椅子から降りる。入口から微動だせずに、ランスが歩み寄ってくるのを悠々と待ちかまえている男の元に行くと、彼はにこりと笑った。
「さあ、行こうか」
 本はまだ渡してくれない。欲しいなら自分の気が済むまで付き合えと、そういうことだろう。




 彼が傍にいない、もちろん見知った人もいない見知らぬ土地で、こんなふうに穏やかに笑える日が来るなんて思ってもみなかった。


 エドガーに別れを告げてから、リディアはずっと母方の親戚であるマッキール家の世話になっている。当主の館の一角にこぢんまりと佇んでいる離れをあてがわれ、しばらくの間は身体の回復に努めていた。
 彼から―――否、彼の中にあるプリンスから離れれば、不調は自然に癒えると言われていたとおり、今ではマッキール家の領地から外に出ても、健康に支障を来すことはなくなった。
 もうすぐ、三年になる。リディアは近頃、この島から離れることばかり考えている。
 なかなか行動に移せないのは、ここを発ってどこへ行くかを決めかねているからだ。生まれ育った故郷であるスコットランドへ行くのか、それとも、と。
 手元に開いた本を半ば上の空で見ていると、対面で滔々と紡がれていた声がやんだ。はっと意識を戻し、そろりと目の前にいる先生を伺うと、初老の彼女は年相応に落ち着いた物腰で笑う。
「はい、今日の講義はここまで」
「ありがとうございました」
 気が逸れていたことには気づかれなかったようだ。
ほっとして頭を下げた拍子に、さらり、と、肩先で揃えた髪が揺れる。頬にかかった髪を指で払うと、目についたのか、先生がふと息をついた。
「リディアさんも、思い切ったことをしましたわねえ。髪を切るなんて。綺麗な髪だったのに、もったいないわ」
 先生の帰り支度を手伝おうとした手を止めて、リディアは曖昧な笑みを返した。肩について、少し跳ねている髪の先をそっと指で摘む。
 キャラメル色、と、かつて婚約していた人に称されていた髪は、色が変わったわけでもないのに、リディアには冴えない鉄さび色にしか見えなくなっている。
 ここはロンドンに比べれば空は青く、空気も綺麗で、景色は明るい。それなのに、どうしてだかリディアには、自分に関わること全てが灰色がかって見えるのだった。
「こちらへ来て、もう三年になるかしら……あなたに教えるのは楽しいけれど、身体の具合もよくなっているようだし、もう少し娘らしい楽しみを見つけてもいいんじゃないかしら?」
 まるで十代の娘か孫を見るような視線で気遣われ、リディアは笑う。
「先生、あたしはもう遊びを楽しむような子どもではありませんわ」
「もちろん、子どもではないわね。けれどまだまだ十分に若いでしょ。遊びと言ってもいろいろだわ。なにも野を駆けろと言っているのではなくて……ねえ、リディアさん、恋のひとつもしようとは思わない?」
 きょとん、とリディアは目を瞬かせる。その後で、微妙に苦った顔になった。
「……ファーガスのことを仰ってますか?」
「気を悪くしないでね。外野が口を出すことではないとはわかっているけれど、ファーガスのことはね……小さい頃から見てきたものだから、ちょっと不憫で」
 不憫、との言葉に心当たりのあるリディアは俯いた。
 けれど情に流されて自分の想いをねじ曲げるつもりは彼女にはない。ふ、と息をついて、静かに言葉を紡ぐ。
「お世話になっておいて、薄情だとは思うんですけど。あたしはマッキール家の誰かと結婚するつもりはないんです」
「そうね。あなたはずっと、そう言ってるわね。……ああ、だからと言ってね、あなたのお母さまはもともとマッキール家の人間なんだから。ここで暮らすことに後ろめたさを感じることはなにもないのよ」
 取りなす先生に、リディアはちらりと笑みを返す。
 しばらく無言で荷物をまとめると、先生が「でも」、と言葉を継いだ。
「相手がファーガスでなくても、……恋をするつもりはないの?」
「先生……」
 本当は、「新しい恋」と言いたかったのだろう。気のいい女性だから、リディアを思っての言葉だというのはよくわかっている。







** おまけページ **

 12.4.12開通
 うっかり本編で入れ損ねたエピソードをいくつか公開していきます。
 よろしければご覧ください^^*

※P.40にある英文の、最初から7つ目と9つ目を繋げて入力してください。
(例:「I want to be with him, while he live.」→「whilelive」と入力。)